「こうありたい」と思う自分がいる。それを人生においてどう表現するか。
どのような仕事を選択するか、これは大きな選択だと思う。 人生の大半を仕事に費やすのだから当然のことだ。 仕事は生活の糧を得る場、プライベートが自分を表現する場だと考える事ができる。しかし私にそんな器用な事できるだろうか。残業が必要であれば苦労をいとわずやるだろう。そして本来の自分はどこかえ・・・ では「こうありたい」自分を表現できる仕事をすればいいではないか。 そうすれば、敢えて仕事とプライベートを分ける必要がない。 疑問・・・そんな都合のいい仕事があって自分にまわってくるのだろうか。 もう一度「こうありたい」自分を見つめなおしてみよう。 私が心から願っているものの中心にあるのは「感動の共有」だ。 何かに心を動かされる事。 仕事でトラブルがおきて、何とか頑張ってみようとみんなの心が一つになるの感じた時、映画を観たり、音楽を聴いたりして喜びや悲しみを共感した時、たとえそれが辛いものでも、心が動かされる事の喜びを感じずにはいられない。これを感じるために生まれてきたんだと感じる。 ・・・to be continued 人生とは発見ではなく、創造のプロセス。
何者になりたいかを考え、そうなろうと決意して努力しなさい。 (「神との対話」より) 1.考え 2.その考えを言葉にする 3.行動する 全ては考える(=創造する)ことから始まる。 「こうありたい」と思う自己の創造。創造は情熱をうみ、情熱はさらなる創造をうむ。 そしてその行為としての結果に執着しない。 ふと読み返してみたページにはこんな事が書いてありました。 面白い事も書いてありました。 「考え」を考える 自分が考えている事を「なぜ?」そんなふうに考えたのか、思考の反芻ですね。 こうする事で自分の中のもう一人の自分が応援してくれたり、警鐘をならしてくれたり するのが分かります。 「それで良いのか?」 「他の考えはないか?」 「逆の立場だったら・・・」 誰かと会話をしてるようですよ。 話は変わりますが、今日はまだ一度もTVをつけていません。 普段は仕事から帰ったら、まずTVのスイッチをいれて・・・ 気がつけばTVの時間軸に自分をあわせている。 TVのスイッチをいれない。たったそれだけの事ですが、意外と精神力がいるのを 感じました。 TVを観るのが悪いとは思いません。娯楽や息抜きも必要だと思います。 でも観るなら意識的に観てはどうかと。 その行為が本当に自分に必要かどうか。 人生の一瞬一瞬が「選択」。 「こうありたい」と思う自分に一歩でも近づく為の、最良の「選択」をし続けて行きたいと思います。 一晩寝ないで考えた。
どうして「こうありたい」という思いが持てないのか。 普通の人からみたら不思議に思うかもしれない。 毎日一分一秒、自ら多くの事を選択をしているはず。「こうありたい」自分に近づく為に。 でもその選択が本来の自分の意思ではなかったら・・・ ソウルメイトに出会って5年。出会った時からこの問いかけをされた。 バカでのろまな私は、あたりまえのように理解しているつもりだった。 多くの事に真面目に一生懸命努力はしてきた。 仕事もBestを尽くした。自己啓発もやった。 でも一番肝心なものが欠けていた。 「誇り」 自分が唯一無二の存在であるという誇り。 「こうありたい」と思う自己愛。過去に置き忘れてきたもの。 どうして自分を愛する事のできない人が他人を愛する事ができるだろうか。 他人や環境のせいにして自らの誇りを否定する、そうして生きてゆくほうが 生きやすいのかもしれない。人それぞれの選択だとは思う。 でも私は「誇り」をもって生きて行きたい。
人生色々あって楽しいですね。
こんな事が自分におきるなんて思いもしなかった。 そんな毎日を徒然なるままにログろうと思いますのでよろしく。
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